(※このページは、2010年の創業60周年記念時に作成した特設企画ページです。内容は当時のデータに基づきます。)
みなさまのおかげで2010年、平野鈑金工業株式会社は創業60周年を迎えることができました。
大変ありがたいことに、現在では「技術のヒラバン」として、岐阜県はもちろん他県のお客様にも親しまれる「行きつけの車屋さん」として成長することができました。

ヒラバンの創業は戦後間もない1950年、平野鈑金工業所として創業者が自転車に工具を積み、当時はまだまだ大衆のものではなかった自動車の出張修理を行ったことから始まります。
自動車の部品供給はおろか、物資も不足していた時代。この頃の鈑金職人は、1枚の鉄板を叩き部品を作り出し修復するという、大変高度な技術が求められました。
腕のよさと人柄が評判を呼び、多くのお客様にご指名いただけるようになっていったそうです。

高度経済成長期を前に、より多くの依頼に応えるべく自社工場を構えての作業にシフトし、スタッフも大幅に増員。
その当時からずっとヒラバンの技術を支え続けていることがあります。それは「スタッフの専任化」。
「鈑金塗装」…と、ひとくくりによく言われますが、「鈑金」「塗装」各作業それぞれ全く異なる技術を要します。
業界では両方オールマイティに作業ができる技術者も多く存在しますが、ヒラバンでは、各スタッフが1つの技術を集中的に徹底的に追い求めて磨き続けることが、結果的に作業の合理化&品質向上に繋がると考え、現在も徹底して行っています。

そして、モータリゼーションの夜明け前、東京オリンピック前年の1963年5月、平野鈑金工業株式会社が設立。
1986年には、更なる修理品質向上と納期短縮、新たな自動車板金塗装工場のスタイルを求め、岐阜市の東部と西部、大垣市に3拠点あった中小規模の工場を現在の場所に集約、最新鈑金塗装設備が整った県下最大級の大型新工場(現:鈑金専門工場)と来店型店舗を建設。
70〜80年代に岐阜の各地で道路や橋が整備されたことで、1拠点でも充分商売ができるようになったことは、結果ヒラバンにとって大きな躍進の好機となりました。

1997年、最上の塗装環境を追求した業界でも画期的な2階建ての塗装専門工場を新たに併設。(既存の工場は鈑金専門工場に改装) これにより鈑金・塗装各作業スペースは従来比2〜3倍になりました。
工場の専門化&スタッフの専任化という現在の体制が確立し、「技術のヒラバン」ならではの、よりハイクオリティで確かな修理仕上がりを提供することができるようになりました。

今や自家用車は生活必需品となりました。自動車の性能も時代とともに大きく進化しました。
修理スタッフの技術も、創業者から継承されている高度な技術を礎に、自動車の進化に合わせて向上させてきました。
「お客様の大切な愛車を元通り修復し、素敵なカーライフを過ごしていただけること」
創業から変わらないヒラバンの思い。それが妥協のない飽くなき修理技術の追求につながっているのです。
これからもスタッフ一同、創業からの思いを忘れず、自動車板金塗装修理プロショップとして更なる修理技術&お客様満足度の向上を目指していきたいと思っています。よろしくお願い致します。
(かなりの長文、最後までご覧いただきありがとうございました。) |